楽屋裏 - 頼むからプログラミングを学ばないでくれ

このブログでは、とても限定的な開発環境である "電卓" でのプログラミングをメインテーマにしています。

そして "いつでもどこでもプログラミング (Anywhere anytime programming)" をスローガンに、実際にやってみると楽しいよ! という気持ちで記事を書いています。

但し、職業プログラマは大変な仕事なのはよく知っています。家族の2人がその世界に居るからです。ハードワークの業界です。体や心を壊してしまう人が普通に居る業界です。内心「そんな大変な仕事止めて、転職するのも良いだろう」などと何度も思ってしまうくらい大変な仕事です。世の中がソフトウェアを求めているのに、その需要に供給が追いついていない感じがしています。

ところで、2020年からは小学校でプログラミングの授業が導入されます。好意的に捉えれば、IT技術者を増やすための人材の底上げを目的とした施策なんだろうと思います。実際のところはよく分かりませんけど...現在のような大変な仕事に人材供給することをどう考えているのでしょうね?

人が増えれば一人の負担が軽くなるという単純な算数ではないと思えて仕方ありません。人が増えれば給料は安くなるし、人材の使い捨てが今以上に横行しそうだし、海外にアウトソーシングすれば日本の経済にお金が落ちなくなるだろうし...

数学が嫌いな人は、本当に数学的考え方に合わないのかも知れないし、教え方が酷いだけかも知れません。とても個人的な事だけれど、数学とか理科で学校の授業が面白いと思ったことは一度もありません。個人的に好きだから自分で面白いところを見つけて、勝手に勉強していたわけです。歴史も好きですが、中学の先生の授業がとても面白かったから好きになり、まだに好きです。同じ事は義務教育でのプログラミングにも当てはまるでしょう。

つまり、プログラミングが好きかどうかは、授業が役立つけれど、興味が持てるような授業をして頂きたいものです。興味を持てば子供は勝手に勉強するでしょう。

間違っても受験にプログラミングは出題しないで欲しいものです、というか受験問題にはそぐわないと思います。プログラミング塾とか学習塾でのプログラミング授業なんて、ゾッとします。プログラミングは好きな人がその素養を持てば良いし、適性のある人が職業ITエンジニアになれば良い。義務教育でITエンジニア養成を目指すなど止めて欲しい。

だから、

頼むからプログラミングを学ばないでくれ

と思ってしまいます。

但し、ITリテラシーを持たせる一環でのプログラミング教育は良いことだし、プログラミングがどういうものかを理解した非プログラマは人材として有用だし必要だろうとも思います(私自身がまさにそれ)。

などと思っている今日この頃ですが、まさに私の思いがそのままタイトルになった記事を見つけました。

Please don't learn to code

和訳:頼むからプログラミングを学ばないでくれ


皆がみんな、ITエンジニアになる必要は絶対に無いし、プログラミングが出来なくてもビジネスで何の問題は無いことは断言できます。但し、プログラミングの素養を身につけることは大切だとは思います。




皆さんはどう思われるでしょうか?




応援クリックをお願いします。励みになるので...
にほんブログ村 IT技術ブログ 開発言語へ


 


keywords: プログラム関数電卓、プログラミング

リンク集 | ブログ内マップ
関連記事

テーマ : プログラム関数電卓
ジャンル : コンピュータ

コメントの投稿

非公開コメント

Re: Re:Re: これからのプログラミングのあり方とは?

Colon様

管理人のやすです。


> 英語は十数年後には自動翻訳が発達してほぼ学ぶ必要がなくなるはずです。この十年程度で英語が必要な人は、やはり自動翻訳が発達するまで待たずに先手を打つ必要がある人、若しくは個人的興味がある人くらいでしょう。

確かにそうかも知れませんね。

海外旅行程度、普通の日常生活程度なら問題なさそうですが、留学生が満足するレベルや互いの心理戦を含んだ交渉のレベルで使えるようには、そう簡単に到達しないだろう、と感じています。で、それなりに英語習得の必要性は決して無くならないと思うんです。

専門分野によって同じ単語の正しい意味が全く異なることがあるし、本質とは全く異なる分野での比喩的な説明で本質を説明しようとする時もあり、さらに1つの英単語が1つの日本語になっていない専門分野の言葉もあります。

一例を挙げれば、"depletion layer" は半導体の専門用語で、「空乏層」 という日本語の訳語があります。ところが関連する用語で、"fully depleted" と言う場合、「最大キャリア速度に達する程度の十分な電位が与えられている接合近傍の状態での...」といった説明をするしかなく、Google翻訳では「完全に枯渇した、」といった「そりゃそうですが...といったトボケまくりの翻訳。ピッタリ翻訳できる日本語がありません。こんな事例はいくらでもありますので、これを自動翻訳でやれるのだろうか?

はたまた、弁護士が使える自動翻訳機は、果たして実現するのだろうか?

専門性の高い世界で、自動翻訳技術の今後の進展や、実際の適用事例がどうなるのか、ちょっと楽しみにしています。



> 例えば、高校の家庭科。実技だけでなく知識的にも、生きていくのに必要な内容がかなりある。これを義務教育でやるべき! とか思ってしまいます。
>
> それから、現在は高校で「社会と情報」という教科があるのですが、ネットリテラシーのようなことをやったり、最低限の PC の使い方を学んだりします。でも、今の時代ネットリテラシーは高校でやっても遅い。こういうもっと早くに必要なことをどうして義務教育でやらないのか。

激しく同意です!
今の子供達は、ネットの危険性に無防備で平気でいられる。このまま大人になれば、やばいどころのはなしではないですよね。



> > 研究開発と営業は対局にあるかと言えば、実は対象が異なるだけで、いずれも価値を作り出す錬金術! そこには努力だけでなく、絶対に独創性や勘が必要。これが分かったときは、自分としては世紀の大発見でした!
>
> まさに、「物事の本質を見つけた!」っていう感じですね。(^^)

はい、ユレイカ! と裸で駆け出す勢いでした。



> 人間って大まかに言うと理性と感情のバランスでできていると思うんです。そのバランスを取ってこそ人間らしく生きられる。
> でも、「AI」という理性的な判断材料が現れることで、人間の感情とのバランスはどうなるのか。果たして、「人間らしくAIと共存する」ことはできるのか。

このあたりはSFの良いテーマになっていますよね。
私がこうあって欲しいという将来のAI社会は、人々がギリシャ時代の貴族のような暮らしができる世界です。
当時の奴隷階級の仕事はAIとロボットがこなしてくれて、人間は食うためではなく自分の好みで思索や工芸やスポーツに打ち込むことができます。

最も人間が人間である部分は、理性と感情のバランスに関わるわけで、それは人間が行うことと割り切った社会では、私も思索と創作にいそしめて幸せだろうと思います。

そんな社会の秩序を保つための政治体制、社会思想はどうあるべきか?は、結構楽しめる思索テーマですよね!



> つらつらと書いてきましたが、現在の教育現場って、
>
> 小学校 → 取り敢えず勉強させられる
> 中学校 → 受験のため
> 高校 → 受験のため or 仕事のため
> 大学→ 仕事のため
>
> というのがメインだと思います。今こうして話しているような内容を「生きるための勉強」と呼んでみますが、
>
> 「『生きるための勉強』はどこでやるんだよ!!」
>
> 18歳成人が始まろうとしている今、「生きるための勉強」の必要性は増しているはずです。

私の想像ですが、生きるための勉強の必要性は、20歳台以下の若者こそ肌感覚で一番感じているのではないかと...
社会の仕組みを牛耳っている中高年が、一番分かっていないのではありませんか?


Re:Re: これからのプログラミングのあり方とは?

管理人様、こんにちは!

> プログラミングや英語は、必要になったらやれば良いと私は思うのですが、

英語は十数年後には自動翻訳が発達してほぼ学ぶ必要がなくなるはずです。この十年程度で英語が必要な人は、やはり自動翻訳が発達するまで待たずに先手を打つ必要がある人、若しくは個人的興味がある人くらいでしょう。

2020年に小学校に入学した子が中学校を卒業するのが2029年、高校を卒業するのが2032年、もうその頃には自動翻訳で事足りるようになっているんじゃないでしょうかね。全員が全員必要な訳ではないと思います。


> 英語よりも先に日本語とか、物事の考え方ではないかと思ってしまうのです。小学生で、プログラミングや英語をやるくらいなら、金儲けの方法、差し障りの無い言い方をすれば、経済活動はどのようなものかを教えるべきだとかなり強烈に思っています。

そうなんですよね。現在の義務教育って、必要なことを高校でやったり、そこまで必要じゃないことを小中でやったりと、よくわからないな、と感じる部分が多いです。

例えば、高校の家庭科。実技だけでなく知識的にも、生きていくのに必要な内容がかなりある。これを義務教育でやるべき! とか思ってしまいます。

それから、現在は高校で「社会と情報」という教科があるのですが、ネットリテラシーのようなことをやったり、最低限の PC の使い方を学んだりします。でも、今の時代ネットリテラシーは高校でやっても遅い。こういうもっと早くに必要なことをどうして義務教育でやらないのか。

私はスマホを持ったのが去年でしたが、今や多くの小学生がスマホを持っている時代です。
同年代の周りの人たちを見ていると、ネットに写真を載せると位置情報まで載ってしまうことがあるのを知らなかったり、SNSのプロフィールで個人が特定できるようになっていたり、もう「危ねえぇぇぇぇ」の一言に尽きます。(^^;


> 研究開発と営業は対局にあるかと言えば、実は対象が異なるだけで、いずれも価値を作り出す錬金術! そこには努力だけでなく、絶対に独創性や勘が必要。これが分かったときは、自分としては世紀の大発見でした!

まさに、「物事の本質を見つけた!」っていう感じですね。(^^)
それこそ、小学生にも物事の本質の見抜き方であったり、共通項の探し方であったり、そういうことも学んでほしいな、と思います。


> 併せて、今習っている教科を学ぶ意味も分かるかも知れません。分かるようなゲームを作るのは出来そうですね!

教育って、決して大人の独善であってはならないんですよね。常に子供達の立場に立って教育のあり方を見つめてみる。どうしたら興味を持ってもらえるか。どうしたら楽しみながら学んでもらえるか。「ゲーム」は間違いなくその選択肢の1つだと思います。


> AIを使いこなす、あるいは正しく制御するには、ある程度のプログラミングの素養が必要になるかも知れませんね。

プログラミングのみならず、哲学的な考え方や道徳心もある程度必要になりそうに思います。
私は哲学的な思考が好きなのでよく物思いに耽っているのですが、人間って大まかに言うと理性と感情のバランスでできていると思うんです。そのバランスを取ってこそ人間らしく生きられる。
でも、「AI」という理性的な判断材料が現れることで、人間の感情とのバランスはどうなるのか。果たして、「人間らしくAIと共存する」ことはできるのか。

感情を持ったAIも研究が進められていますね。そうすると、人間とAIそれぞれの理性と感情、この4つが複雑に絡み合うことになる。
これからの時代、人間は知識的なことだけでなく、精神的にも進化していく必要がありそうです。


つらつらと書いてきましたが、現在の教育現場って、

小学校 → 取り敢えず勉強させられる
中学校 → 受験のため
高校 → 受験のため or 仕事のため
大学→ 仕事のため

というのがメインだと思います。今こうして話しているような内容を「生きるための勉強」と呼んでみますが、

「『生きるための勉強』はどこでやるんだよ!!」

18歳成人が始まろうとしている今、「生きるための勉強」の必要性は増しているはずです。


> 政策を考えるのはAIに合っていると思います。

現在の教育の問題に気づくのは、政治家が先か、AIが先か。(上から目線でごめんなさい……(小声))

Re: これからのプログラミングのあり方とは?

Coloon様、

管理人のやすです。


> 英語にプログラミングに……、最近の小学生はやることが多くて大変ですね。遊ぶ時間取れるのかしら。将来もっと忙しくなるんだからもっと遊ぼうぜ小学生のみんな……。(最も、私は小学生の頃あまり遊んできませんでしたが。)

プログラミングや英語は、必要になったらやれば良いと私は思うのですが、実際に必要になってからでは遅いという人も居ますし、実際に必要になって勉強しても身につかないとボヤいている人も居ます。

基本的なところまでやっておけば、必要になってから本格的にトレーニングすれば良い、というのがまぁ平均値の答えかも知れません。


> 私としては、学校でどこまで突っ込んで学ばせるのだろう、というのが気になります。物事を論理立てて考える等、プログラミングから有意義なことも沢山学べます。ですから、さらっとやる分には別に構わないと思うんです。

なので、どこまで、どのように学ばせるのか...が大切だというのも、全く同感です。


でもそれを小学生から始める必要があるかと言えば、Colon様がお感じのように、それには疑問を感じてしまいます。


かなり独善的かつ極論を申し上げるとすれば...

英語よりも先に日本語とか、物事の考え方ではないかと思ってしまうのです。小学生で、プログラミングや英語をやるくらいなら、金儲けの方法、差し障りの無い言い方をすれば、経済活動はどのようなものかを教えるべきだとかなり強烈に思っています。

何かを作る人、それを宣伝する人、それを販売する人、みたいな感じのロールプレイングゲームをやると、結構大切なことを学べるのではないかと思います。これこそ小学生に教えたい!

新しいものを作り出すこと、そしてそれを売れる形に開発すること、さらにそれを販売すること、これらを取りまとめるなど、経済活動の一通りのことを軽く浅くでも知っていることは、実際にどのような仕事をするにせよ役立つと思うんですよ!


一見頭が良さそうな研究職、そうでもないと思われがちな営業職。実はこれらは両方とも、AIが出来ないことです。出来るとしても最後の最後、かなり未来のことだと思います。

研究開発と営業は対局にあるかと言えば、実は対象が異なるだけで、いずれも価値を作り出す錬金術! そこには努力だけでなく、絶対に独創性や勘が必要。これが分かったときは、自分としては世紀の大発見でした!


私自身は、研究開発、そして開発品の営業と販売、また別の機会では海外の最先端のものを国内の最先端の人に紹介して販売する...などなど、経済活動のかなり多くの異なる役割を経験する機会を与えてもらってきたので、とても有り難いと思っています。だからこそ経済活動のロールプレイングゲームこそ、小学生が体験すべき大切なことだと感じるんです。

それには、プログラミングだの英語だのは枝葉末節、どーでも良いこと。
色々な仕事のシミュレーションで、それぞれの役割とそれぞれに必要な知識や考え方のほんの一部にでも触れて、刺激を受けることこそ、これからの日本や世界へ出て行く子供達に必要なことですよね!

併せて、今習っている教科を学ぶ意味も分かるかも知れません。分かるようなゲームを作るのは出来そうですね!


> 人材が増えれば単純に一人ひとりの負担が減るわけではない、私もそう思います。例えば開発メンバーが増えれば、意思疏通の手間も増えるし、ミスも増える可能性もあります。それに、現在は無料のソフトウェアにかなりの需要がありますから、給与が減るのも待ったなしですね。労働環境は過酷なままに。今のままだとIT業界は崩壊してしまうのではないでしょうか。

AIをコーディングにどこまで取り入れられるか、このあたりが今のトレンドのような気がしています。
独創性は人間に任せ、経験値やナレッジはAIを利用する、といった感じでしょうね!


つらつら考えるとCasio Basicあたりが、プログラミングの素養を養うのにちょうど良い感じがしませんか?



> 実生活に密着したプログラミングは料理みたいになるのはどうかと。その道専門のプロがいて、プロから買うときはお金を払う。でも、簡単なことはプロでなくとも自分でやる。

500%同意です!


> 要するに、最低限のプログラミングはみんな出来て、プロのプログラマーに頼むときはちゃんとそれに見合ったお金を払う。労働環境的にはこうなるのがベストなのではないでしょうか。給与が割りに合わないようでは、人材も減りますしね。

うんうん


> 政府には「人類の未来をプログラミングしているんだ」という意識を持ってやってもらいたいですね。そうすれば、政策のデバッグも出来るはず。

政策を考えるのはAIに合っていると思います。すると今の政治家や官僚の仕事のかなりの部分はAIに仕事を取られる時代は遅かれ早かれ来ると思うんですね。

AIを使いこなす、あるいは正しく制御するには、ある程度のプログラミングの素養が必要になるかも知れませんね。


> 久しぶりなのでまとまりのない文章になってしまいました。ごめんなさい。でも、これが私の思いの丈です。

逆に、まとまりの無い投稿に、ここまでコメント頂けるなんて、驚くと同時に有り難いです。


これからのプログラミングのあり方とは?

管理人様、こんにちは!
ご無沙汰しております。

英語にプログラミングに……、最近の小学生はやることが多くて大変ですね。遊ぶ時間取れるのかしら。将来もっと忙しくなるんだからもっと遊ぼうぜ小学生のみんな……。(最も、私は小学生の頃あまり遊んできませんでしたが。)


私としては、学校でどこまで突っ込んで学ばせるのだろう、というのが気になります。物事を論理立てて考える等、プログラミングから有意義なことも沢山学べます。ですから、さらっとやる分には別に構わないと思うんです。

人材を増やすために学校で教えるというのなら違和感がありますねぇ。義務教育で将来の専門的な職業に繋げる目的の技能を教える、ということが他にあったでしょうか。高校や大学でプログラマー志望の生徒専門のコースを設けるのは分かります。小学校でって……。

将来的には必須スキルになるから教えておこう、みたいな考え方なら理解はできますが、あからさまに人材育成のためってのはどうなんだよ、というのが私の考えです。

人材が増えれば単純に一人ひとりの負担が減るわけではない、私もそう思います。例えば開発メンバーが増えれば、意思疏通の手間も増えるし、ミスも増える可能性もあります。それに、現在は無料のソフトウェアにかなりの需要がありますから、給与が減るのも待ったなしですね。労働環境は過酷なままに。今のままだとIT業界は崩壊してしまうのではないでしょうか。


私なりに将来的なプログラミングのあり方を少し考えてみました。

実生活に密着したプログラミングは料理みたいになるのはどうかと。その道専門のプロがいて、プロから買うときはお金を払う。でも、簡単なことはプロでなくとも自分でやる。

職場で必要なプログラミングは、WordやExcel、PowerPointのように必須なスキルのひとつ。でも、それを専門にしているわけではなくて、難しいことはやらない。作業の一貫としてちょこっとやるだけ。専門的なことはプロに任せる。

要するに、最低限のプログラミングはみんな出来て、プロのプログラマーに頼むときはちゃんとそれに見合ったお金を払う。労働環境的にはこうなるのがベストなのではないでしょうか。給与が割りに合わないようでは、人材も減りますしね。


まあ、このように一筋縄では行かないかもしれませんが、どっちみち現在の施策ではプログラミング業界の崩壊は避けられないと思います。

政府には「人類の未来をプログラミングしているんだ」という意識を持ってやってもらいたいですね。そうすれば、政策のデバッグも出来るはず。


久しぶりなのでまとまりのない文章になってしまいました。ごめんなさい。でも、これが私の思いの丈です。
最新記事
検索フォーム
最新コメント
カテゴリ
C# (3)
Visitors
Online Counter
現在の閲覧者数:
プロフィール

やす (Krtyski)

Author:やす (Krtyski)
since Oct 30, 2013


プログラム電卓は、プログラムを作って、使ってナンボ!

実際に触って気づいたこと、自作プログラム、電卓プログラミングについて書いています。

なお管理人はカシオ計算機の関係者ではなく、Casio Basicが面白いと感じる1ユーザーです。


写真: 「4駆で泥んこ遊び@オックスフォード郊外」

リンク
月別アーカイブ
Sitemap

全ての記事を表示する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR